ダブルファネルマーケティング

マーケティング

「AIDMA」「AISAS」「SIPS」という消費者行動モデルの変化に沿って、プロモーション領域、マーケティングリサーチ領域、カスタマーサポート領域における消費者コミュニケーションの変遷を振り返ってきた。ここで、より大局的な観点からマーケティング環境の変化の本質を捉え直したい。すると、その本質はコミュニケーションの主役が企業から消費者に移行したことにあるという認識に至るであろう(図2-1)。

図2-1 「企業が主役」から「個客が主役」へ

図2-1 「企業が主役」から「個客が主役」へ

「AIDMA」や「AISAS」の時代においては、コミュニケーションの推進役はあくまで「企業が主役」で消費者は受け身の存在に過ぎなかった。高度成長期は、企業から集団としての消費者に対して画一的なメッセージを発信することで需要を喚起し、ナショナルブランドを創り出すことが可能であった。それが低成長期に入ると、ターゲットセグメントごとに要求をカスタマイズしたり、CRMインフラを用いて一人ひとりの消費者に合わせたOne to Oneのコミュニケーションを展開した。いずれにせよ、まだ主導権は企業サイドに担保されていた。

ところが「SIPS」に代表されるソーシャルメディア時代のコミュニケーションにおいては、その推進役は互いにつながった消費者の一人ひとり、すなわち「個客が主役」の局面に突入し、企業は一参加者に過ぎない存在となった。

従来の「企業が主役」のコミュニケーションプロセスは、図2-2のような伝統的なパーチェスファネルで説明できる。つまり、マスマーケティングで大多数の消費者に自社ブランドを認知させ、検索行動や試用体験を経た確度の高い顧客をダイレクトマーケティングで獲得し、CS活動やCRM戦略によってリピート購入を促し、数少ない優良顧客を育成・維持するというものである。

図2-2 伝統的なパーチェスファネル

図2-2 伝統的なパーチェスファネル

それに対して「個客が主役」のコミュニケーションプロセスは、図2-3のように伝統的なパーチェスファネルを“ひっくり返した”形のインフルエンスファネルで説明される。ソーシャルメディア上のインフルエンサーが、「フォロー」や「いいね!」などの形で共感とともにコミュニティに参加し、絆を形成する。その後、ユーザーレコメンドやユーザーレビューなどのコメント投稿を通じて情報を発信・共有することで評判を増幅・拡散し、ファン同士が互いに惹かれ合う作用を生み出す。その結果、既存顧客が新規顧客を呼び、自社ブランドのファンを増加させる効果が生まれる。

図2-3 ソーシャル時代のインフルエンスファネル

図2-3 ソーシャル時代のインフルエンスファネル

とはいえ、従来型のパーチェスファネルと新型のインフルエンスファネルは必ずしも対立しあう概念ではない。パーチェスファネルを構成する既存のマーケティング手法は、次世代においても不可欠な概念である。マスマーケティングの効力は依然として無視できないものであるし、ダイレクトマーケティングについても、昨今のECや通販の市場拡大を受け、ますますその重要性を増している。そしてCS向上のためのカスタマーサポートの改善活動は企業の存在価値と収益源を守るための生命線である。これらの取り組みは、いずれも企業活動に不可欠なものだ。

大事なことは、パーチェスファネルとインフルエンスファネルのシナジーを生み出すことである。前者が後者に取って代わるのではなく、むしろ図2-4のように2つのファネルを合体させ、一連のコミュニケーションプロセスを推進する統合的なマーケティング戦略と捉えるべきである。そのような統合マーケティング戦略を「ダブルファネルマーケティング」と呼ぶ。

図2-4 ダブルファネルマーケティング

図2-4 ダブルファネルマーケティング

ダブルファネルマーケティングのプロセスの区切り方は業態や商品によって多少変化するが、基本的には次の4つのフェーズに分けることができる。最初は市場での自社ブランドの認知度や顧客との接触度を高めるプロモーションフェーズ。次に見込み客をリスト化し新規顧客として獲得するためのアクイジションフェーズ。そして初回購入を達成した既存顧客に対して継続購入・定期購入やクロスセル/アップセルを促すことで客単価を高めるリテンションフェーズ。最後は育成・維持した優良顧客がエバンジェリストとなり、クチコミや友人紹介を通じて各フェーズのパフォーマンスを底上げするインフルエンスフェーズである。

そもそも従来のマーケティング戦略体系においては、複数の戦略目標を達成するために個別に様々な手法を適用し、場当たり的に統一感なくバラバラに運用してきたことに根本的な問題がある。

マスマーケティングは認知度を高めるための情報発信に関心が偏り、ダイレクトマーケティングは短期的な獲得率やCPO(Cost Per Order)に腐心し、CRM戦略は顧客満足度や継続率にこだわり、バズマーケティングはクチコミの発生件数や友人紹介による成約件数にのみ興味があった。

本来であれば、これらのあらゆるマーケティング戦略をバラバラに運用するのではなく、ひとつの戦略目標のもとに統一感を持ったコミュニケーションシナリオやKPI(Key Performance Indicator)をデザインし、それを遂行できるように全体の組み合わせを最適化する必要がある。つまりダブルファネルマーケティングとは、既存顧客のクチコミが新規顧客の開拓・購入・継続を促進する効果(ダブルファネル効果)を有効活用し、プロモーション⇒アクイジション⇒リテンション⇒インフルエンスという一連のプロセスにおける各フェーズのパフォーマンスを底上げすることで、マーケティング戦略全体のROIを最適化する手法に他ならない。